私たちの歴史
私たちの歴史
Wispecsの開発研究は、1991年頃、「直腸粘膜に接着する座薬の基材」の開発として始まりました。
PAAは元々生体組織接着性の高分子として知られ、ドラッグデリバリーシステム(DDS)の分野で広く研究されている水溶性の合成高分子です。
一方、PAAは高度に水溶性のため、基材としての利用には制限がありました。
そこで、ポリアクリル酸(PAA)とポリビニルピロリドン(PVP)を混合して得られる水に不溶な高分子複合体に着目しました。PAAとPVPの水溶液を混合すると、瞬時に結合して高分子複合体が生成します。
しかし、このようにして得られたPAA/PVP複合体は、すぐに疎水化して白い沈殿となってしまいます。そうなると、もはや水に溶解も膨潤もせず、接着性も無くなってしまうため、そのままでは組織接着性材料としての利用ができませんでした。
これは両ポリマー分子の間で強い疎水結合が生じるためだと思われました。
疎水結合は元来弱い物理相互作用ですが、高分子同士のように、非常に多くの部位が同時に結合すると、見かけ上強固に結びついて水に溶解も膨潤もしない複合体となります。
このような多点結合の強固な高分子複合体は、両ポリマー鎖がきれいに整列するために生じる、と考えました。そこで、ポリマー鎖同士がきれいに整列することを阻害するために、油脂成分を混在させることを試みたのです。
PAAとPVPの粉末を適切な重量比で良く混合し、油性の座薬基材を加えて加熱混練しました。混練後、冷却して得られた混合物に水を加えると、ゆっくりと膨潤して柔らかい水和ゲル状態の複合体が形成されることを見出しました。
そこで、上記の固形混練物を、水に浸した腸管粘膜に載せてみました。すると、PAA/PVP/油性基材の混合体は、腸管の上でゆっくりと膨潤しながら、非常に強く腸管粘膜に接着した水和ゲルを形成することが見出されました。
PAAとPVPはどちらも医薬品、食品の添加物として長く使用されてきた安全の確立した合成高分子です。これらの混合物からなる粘膜接着性材料は、徐放性座薬の基材として、あるいは生体組織接着性材料としてドラッグデリバリーシステム(DDS)に広く応用展開できることが期待されました。
ところが、この複合体は多くの油性基材を含むため、水に膨潤する際に油成分が染み出してきます。このままではその応用範囲が制限されてしまいます。なんとか油の染み出さない生体接着性PAA/PVP複合体材料はできないものかと考え続けてきました。
長年の夢は、全く新しい戦略によってついに実現しました。
片方の成分を固体状態にして、ポリマー鎖同士の整列を防ぐ、という手法が生まれたのです。
PAA水溶液を特殊な基材の上で乾燥させると、透明なフィルムになって底に張り付きます。そこに、PVPの水溶液を上から加えたのです。PAAはゆっくりと溶け出しながら、水中でPVPと複合体を形成します。しかし、表面からその一部が少しずつ溶解してくるPAA分子は、自由に動くことができないためにPVPと整列して強固な複合体を作ることができません。結局PAAは溶け出しながらPVPと緩い複合体形成を続け、高度に膨潤した水和ゲルを形成したのです。
得られた水和ゲルをそのまま乾燥すると、再度透明なフィルムが得られました。また、膨潤状態のまま凍結乾燥すると、柔軟なスポンジとなりました。これらのフィルムやスポンジは、再度水を加えると、瞬時に再膨潤して、強い生体組織接着性の水和ゲルとなったのでした。このような固/液界面での接触混合法によって調製された高分子複合体、これがWispecsです。
さらに近年、この固/液界面での接触混合法を他の高分子に応用し、従来は水に溶けない高分子複合体の組み合わせから、水に高度に膨潤する新たな素材や生体接着性の高分子水和ゲルを得ることに成功しました。新しい安全で効果の高い医療材料としての展開を進めております。
小山義之・伊藤智子